マインドをスイッチさせて”完璧主義”をやめる

仕事や家事において、自分は完璧にやらないと気が済まない。
いわゆる「完璧主義」

私自身も過去はそうでした。

もちろん完璧に物事をこなすことは素晴らしいことかもしれません。

でもそれによって自分がストレスを感じたり、辛くなったり、完璧にできない自分を責めたりしていませんか?

私はある時から完璧主義ではなくなりました。というよりも完璧主義をやめました。

そのきっかけは、以前勤めていた会社の上司。
その方はものすごいクリエイティブなものを作るけれど、適当なところは本当に適当。
(これは悪口ではありません。笑)

その姿を見ていてふと思ったことがありました。

自分が戦う土俵を理解していて、長所を最大限発揮するための選択をしてるなと。

何に時間と労力を注ぐか?

例えば、一時間の社内会議があったとします。

おそらく完璧主義の人は、その資料を作成するのにかける時間が多いでしょう。
でもその会議の目的は、美しい資料を見せるためでしょうか?

もちろん見栄えがよい資料の方が、聞いている人からすると気持ちがいいかもしれませんし、聞こうとする意欲が湧くかもしれません。

でも、肝心のトークが全く的を得ていなかったり、自信なさげな話し方では会議の目的を果たすことはおそらく難しいですよね。

もちろん会議の目的はさまざまですが、数時間かけて資料を作ったとしても、たった一時間の会議でその資料は役割を終えます。

「すべて完璧にすること」が目的になっていませんか?

何が言いたいかというと、完璧主義の人はなんでもかんでも完璧にやらないと済まない傾向がありますが、「完璧にやること」が目的になってしまっていることも多いということ。

本来の目的を忘れて、物事を完璧にできないことで自分を責めたり、周りからどう自分が見られているかを気にしだしたりします。

完璧主義で苦しんでいる人にぜひやってもらいたいことは、自分を見つめること。
自分自身を見つめることで、自分の役割や周りから評価されるべきことが明確になってきます。

極論、「あの人他のことは全くできないけど、商品企画のスキルはダントツだよね」。
となればよくないですか?

「私の役割は商品企画。他の人にはできない自分の商品企画のスキルに対して、会社から給与を受け取る」

満遍なくそつなくできるよりも、何かに尖ることに力を注ぐ。

これからはそういう働き方、そして生き方をする時代なのではないでしょうか。