「気持ちよくない」と言えないセックスのこと― 我慢のやさしさが、誰かを遠ざけてしまうとき ―

はじめに
セックスの話って、どうしてこんなに難しいんでしょう。
「気持ちよくない」「合わない」と思っても、それをそのまま言葉にするのは勇気がいります。
相手を傷つけたくない。嫌われたくない。せっかく求めてくれたのに、断るのは悪い気がする。そんな優しさの裏で、本当の自分の感覚を押し込めてしまうことって、少なくないのかもしれません。
AVで育った性のイメージ
多くの男性が、性を学ぶ最初の場が“AV”であること。
それ自体が問題というよりも、「相手をどう感じさせるか」ではなく「どう演じるか」という形で性が刷り込まれてしまうことが、ズレを生みやすいのだと思います。
AVはあくまで演出。
現実のセックスは、もっと静かで、もっと繊細で、呼吸や温度、タイミングといった“間”の中に心地よさがあったりするでしょう。でも、そうした「間」を知らないまま、映像で見た“分かりやすいリアクション”や“勢い”を正解だと思い込んでしまう男性も多い。
そして女性は、「気持ちよくない」と思いながらも、相手を否定しないように笑って受け入れる。お互いが「傷つけたくない」からこそ、すれ違いが深まっていくのだと思います。
我慢が優しさに見えて、実は“距離”を生む
セックスで我慢をすることは、その場を壊さないための優しさかもしれません。でも、それを続けていくと、身体の距離だけでなく、心の距離もどんどん広がっていってしまう。
“感じていないのに感じているフリ”をすること。“嫌なのに黙って受け入れること”。
それは、相手に嘘をついているというより、自分に嘘をついている状態。我慢の上に築かれた関係は、一見平和に見えても、どこかで無理が出てきます。
「言う」ことは、否定ではなく信頼
「それは気持ちよくない」と言うのは、勇気がいります。でも、それは“ダメ出し”ではなく、“信頼の表現”です。
“あなたともっとよくなりたい”
“ちゃんと心地よさを共有したい”
そう思っているからこそ、伝える。本当に関係を大切にしたいなら、我慢よりも“対話”のほうがずっと優しい。
そして大切なのは、伝え方。
「それは違う」ではなく、「私はこうされると嬉しい」。主語を自分にするだけで、相手は責められるより“理解したい”と思えるようになります。
セックスは、関係性の縮図
セックスって、コミュニケーションそのもの。相手をどう扱うか、自分をどこまで開くか。そこに二人の関係性がそのまま現れます。
日常で「察して」「我慢して」過ごしている関係は、ベッドの上でも同じ構図になる。でも逆に、日常で“安心して話せる関係”を築いていけば、セックスも自然と変わっていく。
「言葉にすること」は、気持ちよさの延長線上にある、心のつながりだと思います。
おわりに
AVが悪いわけじゃない。
ただ、そこにしか「性の教科書」がなかっただけ。だからこそ、私たちは今、“感じる”こと、“伝える”こと、“分かり合う”ことをもう一度、自分たちの手で学び直していく必要があるのかもしれません。
セックスは、相手を満たす競技じゃない。お互いが「安心して自分でいられる時間」。そして、自分を感じることを我慢しないことこそ、本当の優しさなのだと思います。

